CASPをしよう!
医学論文って意外と簡単?「イデアフォー通信」35号(2000年7月15日発行)より


 冒頭にもお知らせしましたCASP(キャスプ)。参加者からは「思っていたより、簡単に医学論文が読めた」「討論形式なのが、理解に役立った」「自分にとって意味があるかどうか、分かるのがよかった」と大変好評でした。


 通信33号でも紹介しましたEBM(Evidence―based medicine・根拠に基づいた医療)。最近益々耳にするようになりました。EBM実践のためには、判断の根拠を見極めることが重要です。CASPとはCritical Appraisal Skills Programme の略で、医学論文(RCT、メタアナリシス)を、批判的吟味しながら、自らの判断に活かす方法を身に付けるためのワークショップ。11のチェックポイントを参考にして、ファシリテーターと呼ばれる進行役とともに、少人数グループの討論形式で行われます。

4月16日のCASPは、ファシリテーターが名古屋大学医学部 救急医学 福岡敏雄氏、日経BP 編集部 北澤京子氏のおニ人。参加者はイデアフォーから8名、会員外1名「これから論文を読むんだ」と緊張していた私たちに先ず配られたのは、「幸運を呼ぶ、風水財布と招き猫」の広告チラシ。唖然としているところへ福岡氏が「みなさん、これを信じますか?」と一言。「まさか!」。私たちは「幸運といっても、たまたま起こったことかもしれない」「本当かどうか、確かめようがない」等、信じられない理由を口にしました。「そうです、批判的吟味には、まずどんな情報かを見極めることが必要です。みなさんは日々、知らず知らずに批判的吟味をなさっているんです、難しいものではありません」と福岡氏。この言葉でそれまでの不安はどこへやら、私たちは元気一杯、対象論文「閉経後女性における、ラロキシフェンの乳癌発症に及ぼす影響」に挑戦することになりました。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

前述のように、CASPは11のチェックポイントに沿って論文を検討していきます。以下に参加者が出した答えをご紹介しますが、紙面の都合上、チェックポイント3までになります。ここまでで、その論文が「読む価値があるかどうか」が分かるしくみです。次のページには、当日の質疑応答があります。重要な点については、福岡氏に解説をお願いしました。論文と11のチェックポイントのシートは付録にありますので、併せてお読みください。

 

 

その結果は信頼できるか
・ふるい分けのためのチェックポイント

1.その試験の研究課題は明確に示されていたか?
― 研究の対象者― 行なわれた介入(治療法など)
― 検討された効果判定基準(生存率など)

2.患者の割付けはランダム化されているか?

3.最初の割付けに基づいて、試験の結果は集計されているか?
― フォローアップ率は完全か?
― 患者は最初の割付けに基づいて集計されているか?(Intention to treat analysis)

☆チェックポイントは、はい、不明、いいえ、のいずれかで答えるようになっています。


 
私たちの出した答え

1 その試験の研究課題は明確に示されていたか?          答え、 はい
研究の対象者。(論文p50参照)       
@ 81歳未満(平均年齢66.5)の骨粗鬆症を有する閉経後女性7705人(96%は白人)
A 乳がんの既往とエストロゲン投与を受けている女性は除外。          
行なわれた介入。(論文p50参照)
@ラロキシフェン60mg 2錠 Aラロキシフェン 60mg + プラセボ Bプラセボ 2錠 以上のどれかを毎日投与。    
検討された効果判定基準 (論文p50参照)
 浸潤性乳がん発症のリスク低減(予防)

2 患者の割付けはランダム化されているか?(論文p52参照)   答え、 はい。
 被験者は無作為に、介入の項の@ABの3群に割当てられた。

 
3 最初の割付けに基づいて、試験の結果は集計されているか?  答え、 はい。
フォローアップ率は完全か?(論文p51の図1、 p53参照)
 3年間でラロキシフェン群5129人中 3977人
(78%)プラセボ群2576人中 1924人(75%)
 のフォロー率。乳がんの検査もマンモグラフィー、超音波等でなされており、1、2、3年毎の追跡率も明確。また期間中における試験薬の服用率も明らかである。    
患者は最初の割付けに基づいて集計されているか? (論文p52参照)
 ITT解析を用いた。分析の項に示されている。 

            
福岡氏との質疑応答と解説

Q:まず最初に1の質問が来るのはなぜですか。
A: それは、ここがあいまいだと研究の内容や意味そのものが不明確になるためです。
比較試験では、ある治療法を行ったかどうかによって、臨床経過や転帰(結果)に違いがなかったかを検討しています。従って、どのような対象患者に対して、どのような治療法を行ったのか、評価は何でしたか明記されていなければ、評価も解釈も適用もできません。自分にあてはめて考えるときにも、自分の病気や病状、病期や合併症などを考慮して、研究結果が当てはまりそうか判断しなければなりません。また、具体的な治療方法が記載されていなければ、実行可能で我慢できそうなものか判断できません。さらに、「効いた」「効かない」というのはしばしば多くの意味を持ちます。一時的に「効いた」と思えても、結局生存率を下げたために廃れた治療もあります。どのような評価基準を持って比べたのか、その基準は自分にとって重要なものであったか確認する必要があります。

Q:「ランダム化」という手順はなぜ重要視されるのでしょうか。
A:それは、患者背景をそろえる手段として、最も信頼できるとされているからです。
比較試験では、ある治療した症例(治療群)とその治療を行わなかった症例(対照群)を比較して、治療群の方に生存率や臨床経過で改善が見られるかどうか確認します。ここで、両群の背景には結果に影響を与えるほど大きな違いがあっては困ります。たとえば、手術群と対照群に振り分けるときに、重症者を手術が無理だと判断して手術をしない対照群にし、手術に耐えられそうな患者を手術群にしたらどうでしょう。これでは、患者の違いによって手術群の方が経過がよくなり、手術自体に効果がなくても有効であったかのような結果になる危険があります。
このため同じ背景の2群を得ることが、最も重要なポイントになります。1番信頼できる手法がランダム化(無作為割付け)で、対象者割り振りをコンピューターや、乱数表を用いて行い、ランダム化比較試験(randomized controlled trial: RCT)あるいは無作為割付による比較試験と呼ばれています。

Q: 3でのフォローアップ率が完全かどうかが、よく分からないのです。というのも、フォローアップ率はわずかながらも80%を切っています。脱落者の予後によっては、結果が変わる可能性はありますから、完全とはいえないと思います。
A: フォローアップ率はとても重要です。研究途中に追跡できなくなった場合、どのような原因が考えられるでしょうか。調子が良くなって来院しなくなったのか、逆に調子が悪くなって逃げ出したのか、どちらかで大きな影響を持ちます。あるいは分析の途中「研究者の判断や都合」で対象外にされた症例が多いと、不都合な対象を意図的に排除した可能性も出てきます。なるべく嫌疑のないように、すべての症例の予後を追跡することが重要な意味を持つのです。指摘されたとおり、この研究ではフォローアップ率が低くあいまいさを残しています。フォローアップされなかった方の転帰によっては、結果が覆る可能性が残ります。

Q: 患者が最初の割付けに基づいて集計されることがそんなに重要なのでしょうか。薬を飲む群に割り当てられたら、副作用で薬を飲めなくても「治療群」になるのが、納得しにくいのですが。
A:確かに、研究対象薬の内服を中止した症例を「研究対象薬を内服した群」の一人として評価するという解析方法に、違和感を憶えるかもしれません。しかし、これは重要なポイントで、ITT分析(intention to treat analysis:治療する意図に基づく解析)と呼ばれています。実際に治療したかしないかではなく、最初にランダム化したグループのまま解析する方法です。この方が、バイアスが入りにくく、治療効果の判定が厳しくなり、現実的な評価になるのです。いざ薬を内服しようとしても、さまざまな都合や副作用で続けられないこともあります。このような要因も含めて検討した方が実際的です。

Q:これで最も重要なポイントは終わりましたが、
この3点のうち、どれか1点でも「いいえ」があれば、読み進める必要はないのでしょうか?
A:そうです。

Q:随分簡単ですね。チョット怖い気がします。
A:簡単にでき、時間もあまりかからないというのがCASPの批判的吟味の良いところです。

Q:方法のところ(論文p51)を見ると、これは2次エンドポイントについての論文と分かります。1次のに比べるとやはり、信頼性に問題があるのではないでしょうか?
A:この話題では、この論文が最も妥当性が高いのでやむを得ません。批判的吟味の基本姿勢は「やむにやまれぬ批判的吟味」です。信じたいのに、間違えたくないから吟味する、そしてその目的は吟味することそのものではなく、正しい(あるいはより正しそうな)判断を見つけることです。最も妥当な情報を探し出してそれを吟味し、そのあいまいさもひっくるめて、自らの判断をするというのが大事なのです。
チェックポイント4〜11に関する報告は次の36号に掲載します。

2回目のCASP11月12日(日)に予定されています。詳細は9月発行の通信36号に掲載します。関心のある方は是非ご参加下さい。

(まとめ:永田 知子)

CASPのホームページ  http://www.phru.org/casp/